正義感とは何か?

宿命と真実の炎」を読んで、
ふと正義感とは何だろうという思考が頭をよぎりました。

「宿命と真実の炎」は貫井徳郎さん著作の本です。
後悔と真実の色」の続編。
出版社は幻冬舎。

キャラが立っている登場人物が多く面白いです。

 

正義感のように実態がないものについて
語るのは難しいものです。

小説やドラマのようにストーリーで表現しないと、
伝わらない言葉でしょうね。

ざっくり言うと、人として正しいことをしようとする
気持ちなのではないかと思います。

気持ちというよりは、行動に現れるものでしょうね。

自分で正義感が強いと他の人に言ってしまう人は、
その自分の言葉に縛られてしまう可能性があります。

人が見ているところでは、正義感が強い人がすると思われる
行動をしなければいけません。

本当に正義感が強い人は自分の気持ちと行動にズレを感じないので、
ストレスにはなりません。
このような人は、おそらく自分で正義感が強いと思っている
可能性は低いのではないでしょうか。
人として当然のことをしていると考えているだけだと思います。

とはいっても周囲にいる人から正義感が強いと言われることで、
自己アピールをしなければいけないときに、
自らそう言ってしまうこともあるかもしれません。

そう考えると、人に対してあなたは正義感が強いと言ってしまうことは、
その人を苦しめてしまう可能性があるのではないでしょうか。

自己を確立している大人であれば影響は少ないと思います。
でも子どもに対しては、
あなたは何々だねと規定してしまうようなことを言わないほうが、
伸び伸びと成長するような気がします。

ある意味洗脳に近いのかもしれません。

社会全体を考えれば正義感が強い人が増えることはいいことだと思います。
ただ、そのせいで個人が苦しんでしまうようであれば、本末転倒な感じもします。

正しいことの定義が人によって異なってしまうこともありますから、
正義感が強いと争いごとが増えてしまう可能性も孕んでいます。

宗教が違う異教徒同士の争いが、戦争の原因になってしまうことも歴史をみれば分かります。

宗教が違うと正しいことの定義に差異が出てきてしまうんです。
人を傷つけないという大前提があれば問題ないはずなのですが...

正義感が強く、人を傷つけない心遣いができる人が増えるといいですね。

 

ダイバーシティーという言葉がよく使わるようになってきましたから、
自分とは違う考え方を柔軟に受け入れることができないと、
ストレスを感じてしまうことが増えてくると思います。

正義感を持つことは大事なことですが、
正しいと思うことが人それぞれ違うということを認識して、
折衷案を導き出す力が求められますね。

雑記
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snowblink